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東京地方裁判所 昭和34年(むのイ)295号 決定

申立人 小河原満男 外一名

決  定

(申立人・代理人氏名略)

右申立人小河原満男に対する暴力行為等処罰に関する法律違反、建造物侵入、傷害被疑事件につき、東京簡易裁判所裁判官が昭和三十四年四月二十七日附で発した各捜索差押許可状に基づき同月二十八日司法警察員警部補大橋智が別紙目録(一)記載の物件につき、同岡部真太郎が別紙目録(二)記載の物件につき為した押収処分に対し、右代理人から準抗告の申立があつたので、当裁判所は審理のうえ、次のとおり決定する。

主文

本件申立はいずれもこれを棄却する。

理由

本件各申立の趣旨及び理由は末尾添附の準抗告の申立書竝びに準抗告の申立補充書の各写記載のとおりであるから、これを引用する。

よつて調査するに、取寄せにかかる資料によれば、東京簡易裁判所裁判官前野茂が昭和三十四年四月二十七日司法警察員岡部真太郎の各請求により被疑者小河原満男に対する暴力行為等処罰に関する法律違反、建造物侵入、傷害被疑事件につき、一通は、捜索すべき場所を千代田区西神田一の三株式会社主婦と生活社々屋一階、差押えるべき物を本件に関係ある組合議事録、指示、通達等、闘争の組織編成に関する文書、日誌、メモ、ノート、ビラ、繩梯子、ロープ、金鎚、バール等、他の一通は、捜索すべき場所を千代田区西神田一の三株式会社主婦と生活社々屋四階、差押えるべき物を本件に関係ある一、組合議事録、指示、通達等二、闘争の組織編成に関する文書等三、日誌、メモ、ノート、ビラ等四、繩梯子、ロープ、金鎚、バール等五、その他本件犯罪に関係ある文書、簿冊及び物件とする各捜索差押許可状を発し、同日前者は司法警察員警部補小林松三郎が、後者は同大橋智がそれぞれ右各令状に示された捜索場所において捜索し、右司法警察員大橋智は別紙目録(一)記載の物件を、同小林松三郎は同(二)記載の物件を各差押え、右各差押えは現に継続中であることが明らかである。

代理人は、まず本件令状には罪名の表示として単に暴力行為等処罰に関する法律違反と記載があるのみで、同法何条違反であるかの特定がないから違法である旨主張するので、この点について考える。

捜索差押許可状に関する刑事訴訟法第二百十八条の規定は、人の物等に対する安全を保障しようとする憲法第三十五条に基くものであるが、その方式を規定する刑事訴訟法第二百十九条において捜索差押許可状に罪名の表示を挙げているのは直接憲法第三十五条の要求する記載要件としてではなく、憲法第三十五条に所謂正当な理由に基き発する令状であることを明らかにする一方法として要求しているものと解すべきであつて、これにより当該事件を特定するとともに、令状が捜査機関によつて恣に他の事件に流用されることを防止しようとする趣旨に出たものである。そして当該事件特定のためには暴力行為等処罰に関する法律違反のように、幾種類もの構成要件を規定する法律の違反事件においては、その何条違反の罪であるかを知り得る程度に、具体的に当該法条をも掲げることがのぞましいことではあるが、単に暴力行為等処罰に関する法律違反と記載したとしてもただちに違憲違法のものとなすことはできない。従てこの点に関する代理人の主張は理由がない。

また、代理人は、右各令状に差押うべき物の表示としてそれぞれその冒頭に「本件」、また末尾に「その他本件犯罪」とあることを理由に、その記載が不特定である旨主張し、差押えるべき物の表示は憲法第三十五条の要求する記載要件であるから、かかる概括的記載の許されないことは勿論である。しかし、差押えるべき物の表示として本件各令状のそれぞれ冒頭に「本件」なる文言の記載が、特に、右令状中捜索すべき場所を株式会社主婦と生活社々屋四階とするものには、ほかに、末尾に「その他本件犯罪」なる文言の記載があるが、右は本件被疑事件である暴力行為等処罰に関する法律違反、建造物侵入、傷害被疑事件を指すものであることは右各令状にそれぞれ罪名としてこれを掲げているところにより明らかである。また、本件各令状中差押えるべき物の表示として、捜索すべき場所を前記会社々屋一階とするものにあつては、各物件表示の文言の中間と末尾とに「等」なる表現を用い、捜索すべき場所を前記会社々屋四階とするものにあつては、一乃至四に項を分けて物件表示の文書を列挙したうえそれぞれその末尾に「等」なる表現を以て結んでいるほか末尾の項五に「その他本件犯罪に関係ある文書、簿冊及び物件」とあるも、前示のように、捜索すべき場所を前記社屋一階とするものにあつては、組合議事録、指示、通達竝びに闘争の組織、編成に関する文書、日誌、メモ、ノート、ビラ、繩梯子、ロープ、金鎚、バールと捜索すべき場所を前記社屋四階とするものにあつては、一、組合議事録、指示、通達、二、闘争の組織、編成に関する文書三、日誌、メモ、ノート、ビラ、四、繩梯子、ロープ、金鎚、バールと各具体的例示に附加されたものであつて、右例示に準じるような本件被疑事件に関係ありと思料される文書、簿冊、物件を指すこと明らかであるから、本件差押えるべき物の表示は何等特定に欠けるところがないといわなければならない。

代理人は、本件差押執行に当り前記司法警察員において、星浩一等その場に立会つた者等が求めたにも拘らずこれに令状内容の筆写乃至撮影の機会を与えなかつたものであるから、右執行手続は違法である旨主張する。しかし、令状の執行の方式を規定した刑事訴訟法第百十条の規定に徴すれば、令状は処分を受ける者にこれを示すを以て足り、それ以上にその内容の筆写撮影の機会までも与えねばならないものとは解することができない。そして取寄せの資料によれば前記司法警察員により前記社屋一階における執行に当つてはこれに立会つた鈴木健治、真浦良純、松本徳彦等に、前記社屋四階における執行に当つては同様立会つた早川敏一、星浩一等にそれぞれ令状を示し一覧させたほか、右一階の場合には、さらに右鈴木健治等に令状の内容の読聞けをも為されたことが明らかであるから、この点の主張も採用しない。

さらに代理人は別紙目録(一)記載の1、乃至6の各物件及びロープ付竹籠一個、竝びに別紙目録(二)記載の1、乃至4の各物件に対する差押は申立組合が当時行つていた争議行為に対し弾圧の手段として為されたもので憲法第二十八条に違反し、また右目録(一)記載の1、乃至6、11、乃至14同(二)記載の1、乃至4等の各物件はいずれも本件被疑事件とは何等関係のないものであるから右差押執行は違法である旨主張するが、前記資料によれば本件捜索差押処分は一に本件被疑事件の証拠蒐集の為に為されたと認むべきであり、また主張の各物件中別紙目録(一)記載の1、乃至6同(二)記載の3の各物件は前記資料に照し本件被疑事件、特に建造物侵入に供用されたと思料されるもの、右目録(一)記載の11、乃至14同(二)記載の1、2、4の各物件はその記載内容に徴し本件被疑事件を認識する資料として重要なものと思料されるもので、いずれも本件被疑事件に関係あるものと認むべきであるから代理人のこの点に関する主張も採用することができない。

他に司法警察員の執行処分には何等の違法もなく相当と認められるからその取消を求める本件各申立はいずれも理由がなく刑事訴訟法第四百三十二条第四百二十六条第一項に従いこれを棄却すべきものとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 竹内信弥)

目録(一)

1 繩梯子(長さ六・三二米)     一挺

2 右同(長さ二・八〇米)      右同

3 右同(長さ九・五二米)      右同

4 ロープ(長さ一八・二六米)    一本

5 右同(長さ一八・三六米)     右同

6 登山用ロープ(長さ二三・一〇米) 右同

7 金鎚               一挺

8 ノート              一冊

9 チラシ(紙ばさみ)        一冊

10 メモ帳              一冊

11 原稿              十八枚

12 右同             五十八枚

13 右同               五枚

14 右同               三枚

15 更紙片メモ            一枚

16 組合員名簿            一冊

17 更紙メモ             一枚

目録(二)

1 共闘ニユース特集号(35、4 20)  三枚

2 手帳(情宣)竹内名義       一冊

3 ハンマー             一個

4 白紙に青インキで記載したもの(青柳様宛のもの)

一枚

準抗告の申立書

(申立人・代理人氏名略)

申立の趣旨

(一) 警視庁公安部公安第二課司法警察員警部補大橋智が東京簡易裁判所裁判官前野茂において、昭和三十四年四月二十七日付で発付した捜索差押許可状に基き、同年同月二十八日午前七時東京都千代田区西神田一の三株式会社主婦と生活社四階において別紙押収物件目録第一記載の各物件につきなした押収処分及び

(二) 警視庁神田警察署司法警察員警部補岡部真太郎が同裁判所裁判官前野茂において昭和三十四年四月二十七日付で発付した捜索差押許可状に基き、同年同月二十八日午前七時前記主婦と生活社一階において別紙押収物件目録第二記載の各物件につきなした押収処分はいずれもこれを取消す

との裁判を求める。

申立の理由

(一) 申立人小河原は申立趣旨(一)(二)の令状により暴力行為等処罰に関する法律違反・建造物侵入・傷害の被疑者とされる者である。

又申立人小河原は株式会社主婦と生活社労働組合書記長であり、右労働組合は会社側と人事協定をめぐつて昭和三十四年三月以降争議状態に入つたものであるところ、同組合は同社一、四階の一部にそのまま滞留し、右組合員の滞留行為は同年四月十四日東京地方裁判所の下した仮処分決定(昭和三十四年(ヨ)第二一一二号占有解除・妨害排除仮処分申請)により、その適法性が確認され、引続きその争議形態が施用されていたものである。

(二) 申立趣旨記載の警部補大橋智は申立趣旨(一)記載の押収処分を、同警部補岡部真太郎は申立趣旨(二)記載の押収処分をそれぞれなした。

(三) 右警部補大橋智のなした前記押収処分は以下の如き違憲、違法の処分である。

一、(イ) 憲法第三五条は「何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。

捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状によりこれを行う」と規定して捜索押収に関する令状主義を宣明している。そして右第一項が令状の内容的側面を規定し第二項が令状の具体的行使の面を規定していることは疑ない。右第二項の「令状により、これを行う」とは捜索押収の着手前において被捜索押収者に対し当該令状をベツ見させるだけでは足りず進んで当該令状の具体的内容を熟読了知させると共に、当該捜索・押収処分が違法・不当であるとして刑訴法第四二九条、四三〇条に定める準抗告を提起するに必要な資料を留められるだけの機会即ち当該令状の記載内容を筆写し得る機会を与えなければならないことを明らかにしたものである。

即ち憲法は単に形式的に司法官憲の発する令状の存在及びその内容の規制をもつて令状主義が全されるとは考えず特別に第二項を設け実質的に令状行使の面においても憲法第十一条・第十二条の基本的人権尊重の趣旨に従い、捜索当局の濫用を抑止することにより初めて十全の意味の令状主義が確立されると意図しているものと解されるのである。

従つてかような憲法第三十五条第二項の趣旨を具体的捜索・押収の場面に適用するならば前述の如き当該令状の熟読・了知、記載内容を写筆する機会を持つことは被捜索・押収者にとつて憲法上与えられた当然の権利といわねばならないところである。

ひるがえつて憲法により礎定せられた現行刑事訴訟法の基本構造としての当事者主義に鑑みる時被疑者は単に捜査の客体ではなく捜査官憲と相対立する当事者としての地位を有するものである。単なる被捜索・押収者も当該捜索・押収手続上において当事者であることに変りはない。従つて被疑者及び被捜索・押収者は当該捜索・押収処分が違法か否かを監視し、違法な場合は法律上の手続によりその違法を争うことができることは明らかである(刑訴法第四三〇条参照)。

右の如き手続において被疑者及び被押収・捜索者は当該処分の違法性を裏づける証拠を収集する権利のあることは理の当然である。

かような違法処分の証拠収集という観点からも被疑者・被捜索・押収者が当該令状の内容を熟読・了知し且つその内容を写筆し得る権利を有することはまことに明白であると信ずる。刑訴法第一一〇条の「差押状又は捜索状は、処分を受ける者にこれを示さなければならない」と定めるのも上述の如き趣旨と理解しなければ何ら存在価値のない無意味な法条に堕するであろう。

更に又、右令状の熟読・了知・写筆の機会を与えるべきことの要請は刑訴法第四二九条の準抗告をするに当つての極めて実務的な要求でもある。

弁護人は前記警部補大橋智に対し与えられた捜索・差押許可状が違憲・違法なものであるとして準抗告の手続を進めているが、後述の通り右許可状は了知・写筆の機会が与えられなかつたので準抗告の申立理由を十分整備することができないでいる。警察当局は右令状についてのその後の弁護人の閲読の要求に対し「捜査上の秘密」と称してにべもなく拒否したので、さればと前記裁判官前野茂に対し右大橋のなした捜索・差押許可請求書の閲読を求めたところ「起訴前だから」との理由でこれも拒否された。

かくの如き事態は刑訴法第四二九条に定める準抗告権を実質的に奪うに等しいものといわねばならず、他面において右準抗告申立権は前記令状の熟読・了知・写筆の機会等の請求権があることを前提として初めて実質的に担保されるものというべきである。

(ロ) 而して前記警部補大橋智は申立趣旨(一)記載の捜索・差押の執行に着手するに際し、その場所の責任者星浩一に対し「これから捜索・差押をする」と一言断ると同時に申立趣旨(一)記載の令状をやにわにポケツトより取り出して一瞬ひろげるや否や直ちに又元のポケツトにほうり込み同時に部下の警官は命令に従い間髪を入れず捜索を開始したのである。そして右星が「それでは令状を見せたことにならない。よく内容を知らせて下さい」と要求したにかかわらず、右大橋は再三「その必要はない。見せるだけで読ませる必要もない」と暴言を吐き、最後にかろうじて右星に対して極めて短時間前記令状を一ベツする機会を与えたに過ぎず、結局右星は右令状内容を知ることができなかつたのである。

又右捜索の際宅見庄一が刑訴法第四三〇条の準抗告申立の証拠収集のため右捜索の情況を写真撮影せんとしたところ、前記大橋及びその部下の警官は蕃声をはりあげて口々に「やめろ、撮れば公務執行妨害で逮捕するぞ」と脅迫し、もつて宅見の適法的な証拠収集行為を妨害した。

以上の如き右大橋の令状執行手続は前述(イ)に述べたところより明らかに違憲・違法の手続であり、その結果なされた申立趣旨(一)記載の押収処分も当然違憲・違法の処分として直ちに取消さるべきものと信ずる。

二、憲法はその第二八条において労働者の団結権・団体行動権を厳然と保証している。前記の如く主婦と生活労働組合の前記社屋一、四階における滞留行為は裁判所によつて認められたものの、会社側の決定を無視した事実上の阻止により一階より四階への通路交通が遮断され、ために同労組は四階に滞留している組合員十数名の食糧の運搬にロープ付竹籠を使用し、あるいは連絡のため繩梯子を使用するなどして困難な争議を継続していたものであるところ、前記処分により繩梯子三挺全部、ロープ付竹籠ロープ三本を押収された。

前記の争議発生以来警察の争議介入は目に余るものがあつたが、右の如き四階の組合員の人命にもかかわる食糧運搬・連絡用の道具を押収したことは警察が右道具を押収すれば組合の争議が事実上カイ滅するということを熟知しながら取つた全く争議弾圧のための手段としての押収処分であると断ぜざるを得ないところである。

かくの如き押収処分が憲法第二八条に違反することは明々白々であり、従つてこの点からも右押収処分は取消を免れないと信ずる。

三、押収物件目録(一)記載の原稿四部はすべて“同年五月一日のメーデーにおける同労働組合の参加の方法等につき作成された文章の記載”であつて申立人の被疑罪名とは全然関係のないものである。

元来たとえ捜索・差押許可状が発付されてもその執行の任に当る官憲が具体的執行に際してなす目的物件が果して当該被疑事実を裏づける証拠価値があるか否かの判断は覊束裁量であつて断じて自由裁量処分ではない。従つて前記原稿四部の押収処分は覊束裁量を誤つた違法があり、すみやかに取消さなければならないものである。

次に前記二の繩梯子三挺等の押収処分が仮に憲法第二八条に違反しないとしても、右物件は申立人の被疑事実と全然無関係なものであるから上述と同様の理由により違法な処分としてその取消を求める。

(四) 前記警部補岡部真太郎のなした前記押収処分は以下の如き違憲違法の処分である。

一、右岡部は右押収処分をするに際し、その場にいた松本徳彦が「令状の内容を知りたいため写させて下さい」と要求したに拘らず、これを拒否し、あまつさえ右松本より写筆用に所持していたノートと鉛筆を奪取し、更に竹谷洋が刑訴法第四三〇条による準抗告申立のための証拠収集のため右捜索の情況を写真撮影せんとしたところ右岡部及びその部下警官は「公務執行妨害だ、つまみ出すぞ、とんでもねえ奴だ」と口々に怒号して脅迫し、もつて右竹谷の適法な証拠収集行為を妨害した。

右は前述(三)の一の理由により明らかに違憲、違法の捜索・差押手続であり右手続によりなされた申立趣旨(二)記載の押収処分も当然違憲・違法の処分である。

二、又右押収処分が組合争議弾圧のためされた処分であることは上述(三)の二の主張をここに援用し、前同様の理由によりその押収処分は違憲・違法であることは明らかであり、又右押収物件が申立人の被疑事実と無関係であることはこれを一読して明瞭であり、従つてその違法であることは上述(三)の三の理由をここに援用する。

(五) 以上の通り前記大橋、同岡部のなした各押収処分はいずれも違憲・違法の処分であることが明白であり、よつて申立人は刑訴法第四三〇条の規定に従い右違憲・違法な申立趣旨(一)(二)記載の各押収処分の取消を求めるため本申立に及んだ次第である。

以上

添付書類

一、委任状    三通

二、押収物件目録 二通

押収物件目録第一、第二〈省略〉

準抗告の申立補充書

(申立人・代理人氏名略)

準抗告の申立書記載の理由を左の通り補充する。

一、(イ) 準抗告の申立趣旨(一)(二)記載の各捜索差押令状は後述の通りの違憲・違法の瑕疵がある。従つて右各令状によりなされた申立趣旨(一)(二)記載の各押収処分も違憲・違法の瑕疵ある押収処分として取消さるべきものと信ずる。

(ロ) 憲法第三五条によれば捜索・押収をするには「正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状」がなければならない。これは捜査機関の捜索・差押えに関する権限濫用防止のため、令状記載内容に場所、及び物を具体的に特定すべきことを要請したものであることは疑いないところである。しかし右法条の趣旨は単にそれのみに留るものではない。元来捜索・差押なる処分は個人の住居の平穏並びにその財産権を侵害するものであるから、たとえ犯罪捜査という公益的要求に基くものであるとしても、それは犯罪捜査に必要な最小限に限られねばならないであらう。

このように捜索・差押の宛名人としての個人の住居・財産権を犯罪捜査に必要最小限な範囲で留めるには、当該令状に捜索すべき場所及び差押えるべきものを具体的に特定させて、その宛名人に忍受すべき侵害内容を明確に表示することにより、はじめて全うされるものと解される所である。

而して憲法が基本的人権尊重主義をその基本的支柱となしているところからすれば、右令状内容の具体的特定の要請は“個人に対する関係で”より一層要請しているものと断じて誤りではないと信ずる。

換言すれば憲法の令状内容の具体的特定性は単に捜査機関に対する関係に留まらず、進んでその宛名人としての個人に対する関係でより一層要請されているものと解されるのである。

そしてこのような解釈の正当性は単に憲法の文理解釈からのみでなく、新憲法施行十余年になんなんとする今日において未だ捜査当局の捜索・差押処分がいかに違法、不当になされているかという公知事実からも基礎づけられるであろう。

(ハ) 而して申立趣旨(一)(二)記載の各令状には、罪名として暴力行為等処罰に関する法律違反、及び建造物侵入、並びに傷害、差押えるべき物として、「本件に関係ある組合議事録指示通達等闘争の組織編成に関する文書、日誌、メモ、ノート、ビラ、繩梯子、ロープ、金槌、バール」との記載がある(申立趣旨(一)記載の令状内容は申立書の理由(三)の一、ロ、記載の通り遂に了知することができなかつたのであるが、同書記載の警部補大橋智において「この令状も一階の令状と同じだ」と口ばしつた事実があるので、右片言を根拠として前記の如く記述する)。

右令状内容の瑕疵につき第一に指摘しなければならないのは「暴力行為等処罰に関する法律違反」とだけあつて、具体的法条を欠いている点である。暴力行為等処罰に関する法律は種々の犯罪構成要件を包含するものであるから単に同条違反と記載しただけでは「罪名」を記載したものと解することはできない。なるほど憲法第三五条には令状に罪名を記載することは明示していないけれども、前述の通り憲法における基本的人権擁護のための令状主義という観点に立つならば、令状に「罪名」を特定すべきことは憲法も暗黙のうちにこれを承認しているものというべく、刑訴法第一〇七条、同二一九条において令状に罪名を記載すべきものと規定しているのは右憲法解釈を首肯するに足るであろう。

従つて右の如き具体的構成要件に該当する「罪名」を欠く令状は違憲・違法のものと断ぜざるを得ないところである。

第二に、差押えるべき物が特定されていないことである。即ち前記令状の「本件に関係ある……」の「本件」とは一体何を指すのであろうか。勿論右令状には被疑事実は全然、記載されてはいない。申立人にとつては、令状記載の罪名に当る事件を想像する以外にない。“暴力行為等処罰に関する法律違反被疑事件に関係する組合議事録”というだけでは過去、現在にわたり作成された組合議事録すべてを警察官がもつて行くといつても申立人組合でこれを防止する方法がない。従つて、かような文書、書類について具体的に特定しようとすれば、「組合議事録」については何年何月何日に開催された際に行われた議事を記載した文書であること、「日誌」については誰の日誌であつて何月何日から何月何日までの部分を差押えるべきこと、「メモ」についてはどのような形質の紙(例えばノートに記載したメモか又は片紙に記載したメモか等々具体的に)に誰が作成したものであるか、又「ノート」については誰のものでいかなる形質のノートであるか、「ビラ」についてはいかなる表題のついた何月何日付のビラであるかを表示しなければならないと解する。

次に「本件に関する指示通達等闘争の組織編成に関する文書」とは一体いかなる文書を指すのであろうか。それは結局において、申立人組合が本件争議突入以来作成されてきた組合文書一切を包含することとならざるを得ない。かくの如きは差押えるべき物が特定されているとは断じていえないのである。このような場合は何時、誰が作成したいかなる表題のついた文書であるかを記載しなければならない。

以上の通り右令状には差押える物件が特定されていない違憲・違法の瑕疵がある。

二、申立書理由(三)の三のうち初めの三行を左の通り訂正する。

押収物件目録第一記載の四種類の原稿は同組合機関紙「ざ・くらばん」を闘争特集号として同年五月一日に発行することを予定して組合員らが四月二十五、六日頃書いたものであり、且つその内容は表題として「主婦と生活労組は前進する」など今後の組合の団結と決意を訴えた態のものであるから右令状記載の罪名とは全然関連性がないのである。

なお右「ざ・くらばん」は前述原稿の押収処分により発行不能となつたことを附言する。

三、申立書理由(四)の一を左の通り補充訂正する。

警部補岡部は松本徳彦よりノート、鉛筆を奪取した外、右松本がその際組合顧問弁護士に電話を掛けようとするや即座に受話器をはずし更に右松本が建物外の公衆電話を利用すべく外出しようとした所部下警官に命じて強圧的に同人の外出を阻止した。そして松本の再三の要求によりしぶしぶ申立趣旨(一)記載の令状を了知させる機会を与えたに留つた。而して右岡部が結果的に令状了知の機会を与えても、その場に前記違法行為が治癒されるものではないと解する。

よつて右岡部の前記違法行為を違憲・違法の捜索、差押手続であるとして、申立趣旨(二)記載の押収処分の取消を求める。

四、申立人主婦と生活労働組合は申立趣旨(一)(二)記載の令状における各捜索すべき場所をその際占有していたものであり、且つ別紙押収目録第一、第二記載の物件のうち、繩梯子二挺、ロープ二本、登山用ロープ一本、原稿四部、共闘ニユース特集号はいずれも同組合の所有に係る物件である。

よつて申立人組合は申立趣旨(一)(二)記載の違憲違法な各押収処分に不服ある者として申立人小河原と同様すみやかに右処分の取消を求めるものである。

以上

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